それについてはまだ明確に「こういうのだ!」という定義付けはないように思える。しかし、「こういう感じかな?」という曖昧な範囲でならば何となく認識されていると思う。
それについては「適当なこと99http://anklgh90iosa.seesaa.net/article/20270594.html」で少し述べたが、ここでもう少し思うところを書き出してみたい。
とはいえ俺もまだ考えがまとまってない部分が多々あるので、整合性もなく矛盾だらけとなるだろう。それをあらかじめお断りしておく。
まず、ネットウヨクというのを見たときに感じるのは、
・日本の保守派
・あるいは守旧派
・現状維持派
・良くも悪くも古くからある日本のあり方に関心があり、それを保とうとする
・こういった立場に立ってネットにて言論を展開している
とでもなるのだろうか。
右翼というものから連想するのが黒塗りの車で騒音公害を撒き散らしている団体などを思い浮かべてしまうのでどうしようもないが、良心的に捉えれば上記のようになるのではないだろうか?
基本的には、「日本の良きところを守り保っていきたい」という考えであると思う。違ってたらごめん。
俺は自称ウヨなので、基本的には上記のような考えである。少なくともそうでありたいと思っている。それが良いか悪いかは時と場合によるが。
ただ、ネットウヨクと呼ばれる存在はこういうのとはいささか違うようだ。
それについては下記のブログのエントリーを見て貰いたい。
http://blog.livedoor.jp/mumur/archives/50484324.html
東京弁護士会に所属する小倉秀夫さん(37)のブログに寄せられるコメントの数は多いときでも月に20前後だった。それが昨年2月初め、10倍近くに急増した。
普段はIT関連の問題について考えを掲載している。そこに、他人のブログに攻撃コメントをしつこく投稿する行為をいさめる意見を載せた。その直後のことだった。
コメントの大半は批判だ。差出人の名前の欄は「Unknown」。匿名だった。「あなたは勘違いしている」「なぜ非を認めないのか」・・・・
回答しないと「このまま逃げたらあなたの信頼性はゼロになりますよ」。反論すれば、再反論が殺到した。
議論の場から離れることを一時も許さない「ネット右翼」だ。
数年前からネット上で使われだした言葉だ。自分にとって相いれない考えに、投稿や書き込みを繰り返す人々を指す。右翼的な考えに基づく意見がほとんどなので、そう呼ばれるようになった。
小倉さんはたまらず、対談を呼びかけた。
「カミングアウトしてくださる方を求む
□
このブログを毎夜見つめる男性が東京の下町にいた。自分でもブログを持ち、「炎上観察記・弁護紙編」と題するコーナーを設けている。
30代半ば。かつては小説を出版したこともあるが、いまは無職。両親と同居し、昼夜逆転の生活。「観客席」は自宅2階、6畳の自室だ。
チェック開始は午後11時。自らもコメントを送りつつ、批判コメントが殺到し制御不能(ネット用語で「炎上」)に陥っていく様子を伝えた。
男性のブログは、匿名掲示板や軍事をテーマにしたサイトともつながる。「観察記」を見た人がどんどん、小倉さんのブログに集まってきた。
「たかだか200や300の批判で黙られても困りますねえ。あれじゃあ、議論にならない」
男性はそう冷やかす。
共産主義に傾倒した時期もあったが、「だんだん国を愛する気持ちが強くなった」という。自分のような人間を「ネット右翼」と呼ぶ人がいることも知っている。
「朝日新聞を筆頭に既存メディアの報道に感じる違和感を消化するため、僕は僕なりの考えで調べ、主張する」
□
炎上を眺めていた男性は西日本にもいた。
30代の大学教員。拉致問題や安全保障をテーマにしたブログを運営しながら、北朝鮮への姿勢が「甘い」と思う評論家やマスコミを批判してきた。匿名掲示板や他人のブログにも投稿した。
「左翼的な意見に批判的な私たちは、自由に語れる場がなく窮屈な思いをしてきた。ネットの普及がはけ口をくれた」
ネット右翼を「素朴な愛国心から過激な民族主義にいたるまで、雑多な主張の集合体」と見る。予備知識がなくてもコメントやリンクをたどることで、容易に論陣を張れるブログの特性が、活動を支えていると分析する。
「ノリ」で議論に加わるものも増え、論調は過激になりがちだ。ネット上の保守論壇が異質な意見への寛容さを失ってきていると感じ、ブログを一年前に閉鎖した。
□
「対談」は実現しないまま、小倉さんのブログは閉じられた。
職業柄、議論することに煩わしさは感じない。それでもつくづく思う。
「あれはもはや、議論とはいえない」と。
ネットにはソースがないとの事なので引用させてもらったが、こういう事をしているのがいわゆるネットウヨクと呼ばれる存在であろう。少なくともネットウヨクという言葉で連想するのは上記のような姿乃至上記のような行動をしている者達ではないだろうか?
これは朝日新聞という反日的で左翼的な新聞が言い出す前からこういう兆候があったように思えてならない。
こういうのは、右翼的な時流に乗って騒いでるだけの暴徒と思って差し支えないと思われる。
具体例は下記の場所を見れば分かるだろう。
http://kregend.exblog.jp/
ここの適当なコメント欄を開いてみればよく分かる。
このブログはいわゆるサヨク系、あるいは反日的な言動をしているブログである。その事については大いに反発する。ふざけるな、と。
だが、このコメントからは冷静な意見や真心に基づいた反論などを感じられるだろうか? どうにもそれが見受けられない。あるのは「適当な攻撃対象が見つかった、ラッキー」というような浅ましさくらいである。
反論らしきコメントも幾つか見えるが、大半が常軌を逸した暴言の類にしか見えない。こういう連中が使ってる論法や理論や意見が右翼的だからネットウヨクと呼ばれるのだろう。
たぶん、迷惑しているのは本当に日本のことを考えて保守・右翼的な意見を述べている人達ではないだろうか? などと思ってしまう。
まあ、半端なウヨである俺がどうこう言っても仕方ないのかもしれない。
しかし、こいつら本当に頭使って考えてるのだろうか?
たんに使えそうな言葉をネットなどから探ってきてそれをコピー&ペーストで張り付けているだけではないのだろうか? そんな気がしてくる。
こういうのはネットウヨクではなく、「ネット暴徒」「ネットちんぴら」とでも言うべきのような気がする。
気がするだけで終わってくれれば良いのだが・・・・・・。
ただ、ウヨ的な立場にいるはずの篠原が「ネットウヨクと呼ぶな!」と絶叫しているのだから、やはりネットウヨクは良い意味では使われてないのだろう。残念な話である。
身から出た錆としか言えないが。