2006年07月12日

適当なこと104

 コメントへの返事も含めて少々。

 えー、課長様。
 URLをクリックしても課長様のサイトに行けません。何か事情があるのかも知れませんが、これでは課長様がどういった主旨のサイトをやっているのか分からないので、リンクのほうはご遠慮したいと思います。

 そしてダークマターさんですが・・・・・。
 これについては関連する事が、勝手に決めつけ野郎のところとも関連するのでそちらも眺めながら思うところを。

http://shizurus.blog63.fc2.com/blog-entry-38.html#comment-top

 最初ここに書き込んだダークマターという人物は、そう名乗ってるだけの別人ではないかと思っていた。何せネットという世界である、別人を名乗ることくらい簡単に出来る。本人であるという確認はほとんど出来ない。
 が、ネットウヨクのイチャモンブログにおけるこのコメントを見る限りでは、どうも本人らしい。あんな所にも自分なりの考えを持っている人がいたんだ、とちょっとびっくり。「一匹狼」と自ら言ってるだけはある。

 しかし篠原教祖を中心としたカルト集団には彼の思いが今ひとつ(いや、これっぽちも)伝わっていないようで、
 ちなみに、

>私はブログを反日認定します。反日認定された側が「自分が反日認定されることはない」という根拠を提示し、私が同意すれば取り消します。それと同様に、私をネットウヨク認定するのも自由ですが、私はそれに対して抗議します。実際にデータも提示して抗議しました。認定するし認定される。抗議するし抗議も受け付けている。私の行動に何ら二重基準はありません。

 これって本当に篠原がほざいた寝言なのだろうか?
 つまり、「世の中の善悪や明確な基準など関係なく、俺が決めたことに従え。違うというなら俺に対して文句を言って見ろ。この明確なる基準である俺様に!」と。すばらしい。どこの独裁者なんでしょう。あるいはカルト教団の教祖なんでしょう。



 独裁者やカルト教団の教祖。
 そんな連中と王者の違いは何か?
 明記されているかどうかに関わらず、一定のルールに従ってるかどうかである。このルールはどこかの誰かをひいきするようなものではなく、多くの者達を公平・公正に扱おうというものである。
 独裁者は「その時の気分次第で、自分の都合によってルールを好き勝手に変更する」という悪癖を持つ。どうも篠原とその周囲にいる人間はそういう傾向があるようだ。
 こういう場合、中心となる人物の周りにいるのは、中心にいる人間に都合のいい者しか表れない。篠原はまさにそういう人間のようである。

 で、上記の篠原の言葉の何処に問題があるのか?
「口の上手いのが勝つ」
という結果になるのが明白だから問題がある。
 言い換えれば、「詐欺師の論理」とでも言うべきものだ。
「言いくるめられる奴が悪い」
「騙される方が悪い」
という事だろう。
 被害者に全ての責任がある、と言う事である。
 なんかこの辺り人権派弁護士共と共通するような。加害者を庇うその姿勢はイタダケナイ


 で、篠原の最新エントリー

http://shizurus.blog63.fc2.com/blog-entry-57.html

1.日本人が日本人であることを恥と感じること。国家があるから日本人であらねばならず、国家という枠組みが無くなれば恥辱から開放される。(社会主義世界への道)

2.日本人は生まれた時から原罪を負い、日本が解体する日まで、果てしなく謝罪しつづけ、償うことだけが日本人の存在理由であると解き、(日本流ポストコロニアリズム)やがて日本は単なる賠償の為の残務処理機構となる。一方自分は、市民の謝罪意識管理者であり、それゆえ原罪に対する免罪符を保持している管財人の地位を得る。

「反日ブログ監視所」はポストコロニアリズムを断固排撃する!


 で、反日レッテルを張り付けている、と。
 でも、

1、張り付けている相手がポストコロニアリズムであるとどうやって判定するのか?
 判定基準は正しいのか

2、篠原にそれをやる権利があるのか?


 という新たな疑問が。
 そもそも、なんで篠原に反日断罪の権利があるのか?
 勝手にあんたがやってるだけでしょ?
 いい加減、私的制裁をやってるんだ、と明言しないさいよ。それとも、公に認められた行為とでも言うのだろうか?
 まあ、勝手に断罪するなり断定する分には問題ないかもしれない。だって「それ、あんたが勝手に言ってるだけでしょ」で終わるからね。
 反日レッテル張られている皆様は、こういうアホは無視していきましょう。
 必要ならコメント・トラックバックの削除、書き込み禁止措置などを断固としてとっていきましょう。言ってることが良いか悪いかは、眺めている人が考えればいいことですから。
 世の中には篠原のような輩もいる。
 篠原に攻撃されてしまう被害者もいる
 だが、加害者が常に正しいわけではない。
 被害者が常に間違ってる訳ではない。
 少なくとも篠原のごとき人間が勝手に決めるような事ではない。

 という事であろう。
 しかし良心をもって行動するというのは大変だ。一匹狼になるしかない、という言葉に説得されてしまう。


訂正とか修正とか

 ダークマターさんからツッコミが入りました。確かにその通りなので、該当部分に打ち消し線を入れました。
「言ってることが良いか悪いかは、眺めている人が考えればいいことですから。」の部分を削除という事でお願いします。

 俺は、自分に都合の良いコメントやトラックバックのみを残す、というので良いと思ってる。
posted by つれづれなるまま・・・・に? at 07:49| Comment(1) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
>必要ならコメント・トラックバックの削除、書き込み禁止措置などを断固としてとっていきましょう。

>言ってることが良いか悪いかは、眺めている人が考えればいいことですから。

矛盾しています。見ている人の判断に任せるなら、削除や禁止措置はしないべきです。
私はあえて馬鹿のコメントでも晒しておいて、まともなコメントにのみ応対すべきだと思っています。
まともなコメントなんて斜め読みでもわかります。
区別がつかないとしたら、思想に対して色眼鏡が張り付いているんじゃないかと疑っちゃいますよ。

昨今の炎上では、まともなコメントまでひとくくりにして「ネット右翼!」とか言ってるからさらに燃え上がるんです。

ああ、もちろん重複とか明らかに意味のない発言、記事とは関連のない発言(AA)なら消すのは当然です。
その馬鹿でさえ読みづらくなりますからね。

何にせよ、まともな人がまだその場で喋っている中で消すのは後顧の憂いとなります。
ある程度時間が経ってから消すべきです。

もちろん、この「まとも」の判断次第で、その人の人格が問われます。
Posted by ダークマター at 2006年07月12日 20:09
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Tracked: 2006-07-12 19:41