2006年07月29日

適当なこと130

2ちゃんねる から子供たちを守ろう!

 2ちゃんねるに対して反対を表明はしているが、問題はそれだけではない。もっと根本的な部分に問題があると思う。

 2ちゃんねるはきっかけにすぎない。
 根本の問題は、そこにいる個々人の心の問題である。


 と大上段にぶちあげてみる。

 2ちゃんねるというのが火に油を注いでる可能性はあるが、それ以前に「注ぐ対象である火種」である個々人にも目を向けなければなるまい。ミラクルが言うまでもなく、こういう事をするような輩は何処にでもいる。
 俺の知る限りでは篠原・ミラクル・孤高・coolwoolなどがいる。あとはそれらの連中に同調している者達の存在もある。こういう連中がいるからネットでの言論に自発的な暴力装置が誕生してしまう。
 ネットウヨ問題とはそうした「良識を失った悪党共」の問題であろう。そう考えると「ネットウヨ」という言葉は間違っている。ネットにて右翼的発言(良くも悪くも愛国的な言動)をとるものと、自分勝手な事を言うために適当な主義や意見を利用しようとしている連中は区別しなければならない。
 もっとも、現時点ではかつての左翼市民運動のようにウヨ言動が使われているので、ネットウヨという認識も(事実を知らなければ)仕方ないとも言える。


 現在ネットにて暴言を吐いている輩が横行しているのはよく見られる光景である。特にその対象がテレビやラジオ、新聞などのメディアに出ている人間に集中するのも共通している、と思われる。
 著名人が攻撃対象になるのは、それがもっとも分かりやすいからに他ならないだろう。また、彼らの影響力を考えれば、それに対して物申すのも当然と言える。

 なのだが。

 問題なのはその態度である。
「あなたはそう考えてるのかもしれないが、自分はこう考えている。あなたの考えが日本の総意や大多数だというような言い方は辞めて貰いたい」
とか、
「どう考えてもあなたの考えには賛同できません。他の部分については何とも言えませんが、この部分については反対します」
とか言うならばまだ分かる。
 問題なのは、
「あんたおかしいんじゃないの?」
「頭いかれてるんじゃねえか?」
というような事になると話は別である。
 中には人格を含めて否定したくなるような輩もいる。それは否定しない。本当ならばこの日本から叩き出すべきなのうだろう。
 けど、そんな事をやれば今度は同じ仕打ちがいずれ自分に返ってくる。形を変えて。
 歴史というのを振り返れば何となくそういう事に気付く。
 力で支配権を確立した者は、いずれ力によってその立場をおわれてしまう。
 「謀る謀るは謀られる」という言葉もある。
 因果応報、というのもある。
 良くも悪くも、行った報いは必ず訪れる。


 ここ数十年を振り返ってみよう。
 大東亜戦争中の日本は戦争に国民を駆り出すために、国家が日本を統制国家に仕立て上げた。それはソ連の行ったような監獄国家ではなかっただろうが、国民が一つの目的のために個々人の自由を押し殺す事を求めた。
 その裏には共産主義にかぶれた政治家や閣僚、軍人や文化人の意志などがあったという。戦争という非常事態ということもあり、国家は統制状態に移行した。もっとも、統制国家を作りやすくするために戦争に導いていったという意見もある。俺はその考えに賛同している。でなければ日本が満州事変を拡大する理由もなく、アメリカに戦争をふっかける理由もないからだ。無謀なまでの戦線拡大は、どこか計画的である。


 で、その戦争が終わった。
 戦争の拡大で日本が得たものはなかった。失ったものが大きかった。
 それ故に反動が強かった。
 アメリカ占領軍(マッカーサーやその配下、あるいはアメリカという国家の意思)もあり、日本はそれまでの日本を否定する方向に動かされていく。それに歯止めがかからなかったのは、アメリカの思惑やソ連などの工作もあっただろうが、何より日本人がかつての状態に危惧と懸念の目を向けた殻ではないだろうか?
 そのため、国家というものが強烈に否定された。


 が、今はどうだろうか?
 アメリカがやったことが白日の下にされされつつある。
 真珠湾攻撃はアメリカが仕組んだものであった、とか。
 日本への輸出禁止(ABCD包囲網など)とか。
 アメリカのルーズベルト大統領が赤がかった考えの持ち主で、その側近がソ連共産党の工作員だったとか。
 戦後左翼の行った行動があまりにも過激なテロ行為であった、とか。
 そうした諸々の出来事が全て裏目に出て、アメリカ嫌悪・共産主義嫌悪・左翼運動嫌悪となり、かつての日本・いわゆる右翼化という方向に向かっているのではないだろうか?
 実際にはあるべき本来の姿を取り戻そうと、その見本を過去に見出僧としているだけである。その過程で日本のとってきた道について学ばねばならないので、過去の情報が出回り始めた、というのが昨今ではないだろうか?


 ここ数十年だけでも、

・右傾化→左翼思想や活動への反動
・左翼思想や活動→戦時中の国体思想(右翼)への反動

 というのが見えてくる。
 一時は天下に蔓延していた主義主張も、結局は潰えている。
 両者に共通しているのは、あまりにも強烈な統制であろう。自らと同じ思考・思想・行動以外を認めないその態度は、統制される側の反発を募らせていく。
 右も左も残らず、天皇陛下と国民だけが残った・・・・・というのは言い過ぎだろうか? 両者共に強烈な思想や言動・行動に翻弄されつつも、そのどちらにも加わらずに時代の流れの中を漂っている。


 戦争中の右翼は、国家を巻き添えにしたから戦後多くの国民に白い目で見られた。
 戦後の左翼は、仲間内でも粛正と言う名の処刑(殺害を含む)や暴行を行い、外部にも誹謗中傷などを行った。
 結局どちらも生き残らなかった。少なくとも主導権を失っている。支持者は激減した。

 大きな枠組みとしては2ちゃんねるに巣くってる2ちゃんねらーと呼ばれる連中。
 細かく分ければ、その中でも悪質な連中。その同調者。
 そいつらもいずれ上記のような末路を辿るだろうと思われる。


 その原因は何か、と考えればやはり個々人の心の問題でもある。
 2ちゃんねるが悪名名高いのは、そう言いふらしている連中がいるのも原因だが、そう言われてもおかしくないような言動があちこちに飛び交っているからである。それを取り締まるのは基本的にボランティアの削除人と呼ばれる者達だけ。あれほど膨大な数の掲示板全部を見渡すだけの時間があるのだろうか、またそれだけの人数がいるのだろうか、と思ってしまう。少なくとも行動の迅速性には疑問符がつく。
 事実上言いたい放題な状態が続いていると思った方がいいだろう。
 そんな中で悪質な発言がいつまでも残っていれば、影響される人間も出てくる。


 そんな些細なことが? と思われるかもしれないが、些細なことをおろそかにするとどんどん悪くなるのである。
 ガテンの巻末の方にのっていた紹介マンガの話が印象深い。
 コンビニ経営に乗り出した人の話だったが、店の外に置いてあるゴミ箱の周辺が汚れていたという。店長になったその人は、気が付けばすぐに掃除していたという。アルバイトに「そんなに丁寧にやるほどのことでしょうか?」と質問されたところ「こういう事をおろそかにすると、どんどん汚れていくもんなんだよ」と説明した。
 結果からすると、汚れをすぐに掃除する事で清潔に保たれる。以後ゴミ箱の周囲が変に汚れるような事はなくなったという。
 些細なことをおろそかにしない、というのはなかなか有効な手段であるようだ。


 悪事とは、悪事を働く者と、それを見逃す者の両者で成り立つ。
 コメントやトラックバックに書き殴られる罵詈雑言は、そこにどんな良い主張が込められていても断固として削除しなくてはならない。でないと、悪意有るコメントを容認することになる。
 何を認めて何を排除するかは各サイトの管理人によるが、削除や禁止措置をやめてはいけないのである。
 結果としてそのサイトは管理人の正確が繁栄された場所となるだろう。が、こればっかりは仕方ない。
 インターネットは誰もが利用する公共空間かも知れないが、その一部を使って行われる言動や情報の発信は個人の場所と言える。
 下手くそな例だが、「日本の土地は公共の空間かも知れないが、買った土地は買った人のもの」というのと同じであろうか。理由もなく他人がその敷地内に入るのは許されないし、そこを我が物顔で占領するのも許されない。
 もっと言うと、それは確かに地球という公共空間の一部であろうが、日本の領土である樺太を含む北方領土・竹島・尖角諸島と海底資源は日本のものである、という主張と同じようなものだ。
 同じ地球上にあると言っても、その所有は日本にある。そこに踏み込むことは許されない。
 もし家の中に居座ってる連中や、占領している他国を黙認すれば、それは相手の強盗行為を認める事になるだろう。断固として排除しなければならない。
 言って聞く相手ならば問題はない。間違って入り込むという可能性はないとはいいきれないのだから。警告して退去するならば問題はない。
 が、居直っているならば話は別である。実力行使もやむをえない。
 世の中には居直って開き直る悪党というのがいるのだ。そしてそれは、そういう考えの人間、そういう性根の人間、というしかない。もはや言うだけ無駄である。


 性根の腐った人間がいる。
 悪事を当然のように働く者がいる。

 個人では大したことは出来ない連中ではある。個別であるならばあまり社会の害にはならない。
 だが、団結したら怖いものがある。
 人間というのは集団になったほうが強いのだ。

 そして、その集合場所として2ちゃんねるがある。

 と考えるとなんだかヤクザのように思えてきた。
 あるいは暴走族やチーマーと言っても良いかも知れない。
 とどのつまり、ネットに存在するゴロツキと言うことか。
 その拠点として2ちゃんねるが機能してしまっているとすれば、2ちゃんねるに非難が集中してしまうのも無理はない。
 既存のマスメディアなどの情報媒体が2ちゃんねるを敵視しているというのもあるだろう。2ちゃん攻撃の論調は以前から目に付いている。
 最初は大した説得力を感じてなかったが、実際に2ちゃんねるを覗いてみればそういった意見にもある程度理があるように思えてくる。


 2ちゃんねるを潰しても意味はないかもしれない。おそらく他の場所で同じ様な事をするだろう。
 という意見はよく聞く。
 だが、ニューヨークの犯罪発生現象の例を見る限りではそうは思えない。
 やればやっただけの効果はあるだろう。


 しかし、それよりも効果的なのが「もう参加しないよ」と決める事である。


 結局外部からの圧力というのも限界がある。
 参加者がいなくなれば自然と内部崩壊を起こす。それ以前に体勢を維持できない。自然消滅が待っている。
 このあたりは社民党のようで面白い。結局支持者を失ったら存続は出来ないのである。「昔そんなのがあったなあ」で終わる。
 個々人の心の問題、というのはそういうことだ。
 こういう事にはつきあえないな、と思う人間が増えればそれだけでも効果がある。離反者が増えれば活動も散漫になるだろう。その為にも勢いづけない事が大切である。
 コメント削除やトラックバック禁止もそうした力があるだろう。影響を及ぼせない、と分かると人間は意気消沈するものである。かまってやるから相手はやってくる(笑
 komichiさんのところに最近あほな連中が出没しない(ように見えるだけかもしれないが)のもそういう効果が現れてきたからではないだろうか。
 出来ることなら、多くの皆さんにコメント・トラックバックの承認制をすすめたい。著しくコメントはやトラックバックは減るが、それでも来る人は来る。少なくとも不愉快なコメントやトラックバックで嫌な思いをするのは、管理人だけど終わる。
 眺めている人を巻き添えにしないですむ。そういう意味では利用者の為ともいえるのではないだろうか。



 どうしてもそれを認めない奴も中にはいるが(篠原とか孤高とかミラクルとかCOOLWOOLとか)そんなの相手にしたってしょうがない。言論封鎖だなんだとほざいてるが、ではそういう声が何故俺に届くのか? 何故多くの人の目に留まるのだろうか?
 それは、連中とその同調者が連中のブログやサイトのコメント欄や掲示板で言いたいことを言っているからだ。検索サイトで適当な言葉を入力すれば、そのうち発見できる。
 試しにやってみました。

・ヤフーにて「気ままにつれづれ 適当なこと」で検索

http://search.yahoo.co.jp/search?p=%B5%A4%A4%DE%A4%DE%A4%CB%A4%C4%A4%EC%A4%C5%A4%EC%A1%A1%C5%AC%C5%F6%A4%CA%A4%B3%A4%C8&fr=top_v2&tid=top_v2&search.x=1

・グーグルにて同一条件で検索

http://www.google.co.jp/search?hl=ja&q=%E6%B0%97%E3%81%BE%E3%81%BE%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%82%8C%E3%81%A5%E3%82%8C+%E9%81%A9%E5%BD%93%E3%81%AA%E3%81%93%E3%81%A8&btnG=Google+%E6%A4%9C%E7%B4%A2&lr=lang_ja

・MSNにて同一条件で検索

http://search.msn.co.jp/results.aspx?q=%E6%B0%97%E3%81%BE%E3%81%BE%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%82%8C%E3%81%A5%E3%82%8C+%E9%81%A9%E5%BD%93%E3%81%AA%E3%81%93%E3%81%A8&FORM=QBRE&lf=1

・GOOにて同一条件で検索

http://search.goo.ne.jp/web.jsp?TAB=&MT=%B5%A4%A4%DE%A4%DE%A4%CB%A4%C4%A4%EC%A4%C5%A4%EC+%C5%AC%C5%F6%A4%CA%A4%B3%A4%C8&web4.x=59&web4.y=7

 言論封鎖しようにもこれではできませんwwwwww
 いったいどうすれば良いのでしょう?
 結局ネットにて言論封鎖というのがそもそも成り立っていないのんです。
 あえて言うならば、ネットで利用できるのがこの場所だけで、しかもここが俺個人の好き勝手に出来るのならば、確かに独裁であるかもしれない。しかしここはネットという広大な空間の一部に過ぎず、その中においていくら言葉を封じようとも外部に必ず対抗勢力が発生する。
 良くも悪くも篠原(はやってないか)と孤高とミラクルとcoolwoolが実行している。探せばもっとあるだろう。
 いったい何を血眼になって「コメントやトラックバックの禁止や削除をやめろ!」と叫んでるのか理解できません。

 coolwoolなんか見て下さいよコレ↓
http://blog.livedoor.jp/coolwool/

 こんな事が可能な日本のインターネット環境でどうやって言論封鎖が出来るんですか。
 前提条件が違う事をまず考えるべきでしょう。


 誰も言論封鎖していません。
 そんな大それたコトできません。
 誰もが小さな範囲で出来ることをやってるだけです。
 もし反対意見があるならば、反対意見をブログなり掲示板なりで主張すればよいのです。ネットの検索サイトがそれを支援してます。



 ついでに言えば。
 ネット利用で同好の士を求めようと思うならば、検索サイト(ヤフーやグーグルなど)で興味のある言葉を入力して検索をかけた方が良い。そこで見つかる2ちゃんねる以外のサイトや掲示板を巡った方がよいだろう。
 独特の用語やアスキーアート(絵文字、顔文字など)が並んでる2ちゃんねるは素人が入るには抵抗がある。そもそも仲間内だけで通用する言葉で会話するのは、業界の特徴である。素人や初心者はその時点で弾かれている。
 また、無理して2ちゃんねるに入る必要もない。

 ネットは広い。

 同好の士はそれ以外の場所にもちゃんといる。そういう人達の中に入っていったほうがよっぽど気が楽である。そちらを当たってからでも2ちゃんねるを覗くのは遅くない。むしろ最初に覗くべきではないのが2ちゃんねるではないだろうか?
posted by つれづれなるまま・・・・に? at 23:31| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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Tracked: 2006-07-30 22:48