2006年10月15日

適当なこと159

 今回も次のようなバナーを張り付けておきたいと思います。



2ちゃんねる から子供たちを守ろう!



 なんで2ちゃんねる問題が出てくるねん、と本文を読んだ方は思われるでしょう。ですが、やってる事や手口があまりにも2ちゃんねるじみてるので(少なくとも俺にはそう見えるので)このバナーを張り付けておきます。


 というか最近のエントリーはほとんどこのバナーに頑張ってもらってます。
 パパさんこと一人の親さん、いつもお世話になってます。


 で、今回とりあげたいネタは次のものです。

「反日ブログ監視所」より
「安倍総理への不当な人格攻撃を止めろ」
 http://hannichi.blog76.fc2.com/blog-entry-74.html#readmore

 いや、そのタイトルは正しいと思いますよ。
 不当な人格攻撃はいけません。
 賛同・非難のどっちにせよ、その政策に焦点をあてねばならないでしょう。


 でもねえ。


人格攻撃で相手の意見を潰そうとしてるのはどこのどいつだよ。


と言いたくなる俺がいます。
 とりあえず前文を引用して、それから思うところをつらつらと。

>安倍総理への不当な人格攻撃を止めろ


2006年10月15日[日曜日]|ブログ批評|追記の開閉|→


世の中には批評と中傷の区別のつかない者、意図的にそれらを混同するものが多い。安倍首相に対しても何ら建設的でない悪魔化とレッテル貼りに終始する醜悪な反日日本人が存在する。(文:篠原静流)

彼らは真実を伝えることではなくデマを流すことによってネット上での真摯な議論を無力化しようとする。首相に対する論理的な批判は首相を、そして与党を国民を、結果的に精進させることに寄与するものである。それらの批判を首相も十分理解し、今後の政策なり態度なりに反映していただきたい。

一方で、事実に立脚しない不当なレッテル貼りや、醜悪なデマゴギーは国民を不幸にする。それらの嘘を信じた国民が安倍総理に対して誤った認識を持ち、首相の発言、行為に対して歪んだ色眼鏡で見てしまうことで判断能力が劣化し、デマが無ければ行い得た正しい判断が出来なくなる恐れが生じる。

無論、デマを流すもの、不当なレッテル貼りをするものはそれを目的にしている。この場合、デマ情報の発信者の利益は情報の受け手側の劣化、無能力化、白雉化であり、思考能力無き反体制運動の捨て駒としてのロボット化である。

彼ら反日日本人は政治的主張を国民間で丁々発止で戦わせる気など毛頭ない。自分は政府に(権力者に)騙されていたに違いないという感情があるきっかけで生じ、その根拠のない感情論を基盤にして理論を組むからすぐに思考が行き詰まり、それを打破するために権力の陰謀説を妄想する。

自分で妄想出来ない者は他者の妄想に嬉々として飛びつく。もともと彼らの主張に他者を納得させ得る根拠などない。それ故自分の妄想を指摘し非難するものは政府の差し金に違いないと、またぞろ妄想し、レッテル貼りして逃げを打つ。

彼ら反日日本人の勘違いを指摘しておこう。当ブログ-反日ブログ監視所-では、これまでも再三、反体制派を反日として糾弾してきた。そんな時の彼らのお決まりの言い訳は、「反政府だから反日なのか。反権力だから反日なのか。」というものだ。

違うのである。彼らは反体制運動の為に、日本人にデマを撒き散らすのだ。自分の主張を論理的に述べるのではなく、敵とするものに嘘のレッテル貼りをし、国民を騙し、利用してきたし、今後も同様の手法をとり続けるであろう。

安倍総理に対するデマや誹謗、中傷による不当な印象操作は安倍総理にとっては自分への不当行為として不愉快なものであろうが、反日ブログ監視所にとっては、日本人ネットユーザーを騙す、いわば思考的詐欺行為だからこそ糾弾している。安倍総理の熱烈な支持者と反日ブログ監視所とでは、それらデマ、中傷に対する怒りの理由は明らかに異なるのだということを、このエントリーにおいて反日どもに教育的指導しておく。
次回は、具体的にどのような不当な人格攻撃が安倍総理に対してなされているかをブログのアドレスを明示した上で徹底批判する。<



 細かいところだが、

・段落くらいつけろ

 段落ってのは、文章の始めに一文字分の空白を付けるってこと。
 たったこれだけの事で文章が読みやすくなったりする。記者を名乗るくらいなら、これくらいの配慮はしてもらいたい。
 たのんますよ篠原さーん。

 試しにやってみましょうか?



 世の中には批評と中傷の区別のつかない者、意図的にそれらを混同するものが多い。安倍首相に対しても何ら建設的でない悪魔化とレッテル貼りに終始する醜悪な反日日本人が存在する。(文:篠原静流)

 彼らは真実を伝えることではなくデマを流すことによってネット上での真摯な議論を無力化しようとする。首相に対する論理的な批判は首相を、そして与党を国民を、結果的に精進させることに寄与するものである。それらの批判を首相も十分理解し、今後の政策なり態度なりに反映していただきたい。

 一方で、事実に立脚しない不当なレッテル貼りや、醜悪なデマゴギーは国民を不幸にする。それらの嘘を信じた国民が安倍総理に対して誤った認識を持ち、首相の発言、行為に対して歪んだ色眼鏡で見てしまうことで判断能力が劣化し、デマが無ければ行い得た正しい判断が出来なくなる恐れが生じる。

 無論、デマを流すもの、不当なレッテル貼りをするものはそれを目的にしている。この場合、デマ情報の発信者の利益は情報の受け手側の劣化、無能力化、白雉化であり、思考能力無き反体制運動の捨て駒としてのロボット化である。

 彼ら反日日本人は政治的主張を国民間で丁々発止で戦わせる気など毛頭ない。自分は政府に(権力者に)騙されていたに違いないという感情があるきっかけで生じ、その根拠のない感情論を基盤にして理論を組むからすぐに思考が行き詰まり、それを打破するために権力の陰謀説を妄想する。

 自分で妄想出来ない者は他者の妄想に嬉々として飛びつく。もともと彼らの主張に他者を納得させ得る根拠などない。それ故自分の妄想を指摘し非難するものは政府の差し金に違いないと、またぞろ妄想し、レッテル貼りして逃げを打つ。




 添削するほどの能力は無いからこれ以上は差し控えたいけど、でも、段落という小学校の段階で習える事をなんでやらないんだろうか?
 あなたの国語能力大丈夫?
 そんなんで次のような事を言うあなたは何者?

>このエントリーにおいて反日どもに教育的指導しておく。 <

 その前に、小学校で再教育を受けてこい。



 次に、このエントリーの凄いところについて。


 このエントリー、レッテル貼りや誹謗中傷の手口について述べているのだが、驚いたことにどっかの誰かがやってる行為と非常に似ているように思える。
 この文章にある名詞を幾つか置き換えることによって驚くほどその文意が伝わる。
 試しにやってみよう。




反日ブログ監視所・篠原静流への不当な人格攻撃を止めろ

2006年10月15日[日曜日]|ブログ批評|追記の開閉|→

 世の中には批評と中傷の区別のつかない者、意図的にそれらを混同するものが多い。安倍首相に対しても何ら建設的でない悪魔化とレッテル貼りに終始する醜悪な反日ブログ監視所・篠原静流が存在する。(文:篠原静流)

 彼らは真実を伝えることではなくデマを流すことによってネット上での真摯な議論を無力化しようとする。反日ブログ監視所・篠原静流に対する論理的な批判は反日ブログ監視所・篠原静流を、そしてその同調者達を、結果的に精進させることに寄与するものである。それらの批判を反日ブログ監視所・篠原静流も十分理解し、今後の反日ブログ監視所の運営や篠原静流の態度に反映していただきたい。

 一方で、事実に立脚しない不当なレッテル貼りや、醜悪なデマゴギーは健全なブログ運営者達を不幸にする。それらの嘘を信じた閲覧者の方々健全なブログ運営者に対して誤った認識を持ち、世を憂えている人々の発言、行為に対して歪んだ色眼鏡で見てしまうことで判断能力が劣化し、デマが無ければ行い得た正しい判断が出来なくなる恐れが生じる。

 無論、デマを流すもの、不当なレッテル貼りをするものはそれを目的にしている。この場合、デマ情報の発信者(反日ブログ監視所・篠原静流)の利益は情報の受け手側の劣化、無能力化、白雉化であり、思考能力無き反体制運動(反日ブログ監視所・篠原静流の行動)の捨て駒としてのロボット化である。

 彼ら反日ブログ監視所・篠原静流は政治的主張を国民間で丁々発止で戦わせる気など毛頭ない。
 自分は反日ブログ監視所・篠原静流(という権力者に)〔←皆さん、ここ重要です〕に騙されていたに違いないという感情があるきっかけで生じ、その根拠のない感情論を基盤にして理論を組むからすぐに思考が行き詰まり、それを打破するために権力の陰謀説を妄想する。

 自分で妄想出来ない者は他者の妄想に嬉々として飛びつく。もともと反日ブログ監視所・篠原静流の主張に他者を納得させ得る根拠などない。それ故自分の妄想を指摘し非難するものは左翼の差し金に違いないと、またぞろ妄想し、レッテル貼りして逃げを打つ。

 反日ブログ監視所・篠原静流の勘違いを指摘しておこう。
 我々(不当な誹謗中傷や罵倒を指摘してきた者達)は、これまでも再三、反日ブログ監視所・篠原静流言論弾圧・誹謗中傷・罵倒として糾弾してきた。そんな時の彼らのお決まりの言い訳は、苦し紛れの後出し理論と言い訳というものだ。


**番組の途中ですがお知らせです**


 この苦し紛れの後出し理論については、このエントリーの最後にURL付きで掲載しております。
 興味のある方はぜひご一読を。


**以上番組からのお知らせでした**





 違うのである。反日ブログ監視所・篠原静流の為に、日本人にデマを撒き散らすのだ。自分の主張を論理的に述べるのではな自分のプライドを満たすという小さな欲望のために、敵と勝手に認定した連中を攻撃する手段として嘘のレッテル貼りをし、ネット利用者を騙し、利用してきたし、今後も同様の手法をとり続けるであろう。

 世の多くのネット利用者や、とりわけレッテル貼りをされてる政治系ブログの運営者や閲覧者に対するデマや誹謗、中傷による不当な印象操作は日本の行く末を憂える多くの人々にとっては自分への不当行為として不愉快なものであろうが、反日ブログ監視所や篠原にとっては、日本人ネットユーザーを騙す、いわば思考的詐欺行為だからこそ糾弾している。多くのブログの熱烈な支持者と反日ブログ監視所・篠原静流を糾弾する善良なる人々は、それらデマ、中傷に対する怒りの理由は明らかに異なるのだということを、このエントリーにおいて反日ブログ監視所・篠原静流どもに教育的指導しておく。
 次回は、具体的にどのような不当な人格攻撃が多くのブログとその運営者、そのブログへコメントしていた方々に対してなされているかをブログのアドレスを明示した上で徹底批判する。




 まあ、こんなところであろうか。
 言葉を換えればいくらでも使い回しが出来るテンプレート(雛形、原型)である。
 ありがたいので使わせてもらった。
 どうせ篠原の所に送ったって即座に削除されるだろうから、他の人々のところに送っておこう。楽しく読んで貰えると幸いである。


 なお、最後に編集者注釈として篠原の逃げ口上を掲載しておいた。
 興味のある方はこれで彼(彼女?)のいい加減さ・身勝手さ・二重基準(ダブルスタンダード)を知っていただければ幸いである。
 とはいえ、篠原は自分にとって都合のわるいこうしたエントリーをブログ事削除しようとしてるようだから、急いで閲覧する事をおすすめします。
 可能であれば、篠原の行為をミラーサイトの形で残していただけると幸いです。









**編集者注釈**



 篠原はいまだに二つの質問に答えていません。


1、反日認定する根拠と、篠原がそれを断罪する権限は何処から発生しているのか?

2、教育停止道を施すという篠原の見識は誰がどのように保障しているのか?
 そもそも篠原にそれだけの能力があるのか?


付け加えるならば、

3、何の保障も権威もなく、またそれだけの能力もなく「反日認定」と「教育的指導」を施しているならば、それは篠原の独善に過ぎない。
 「反日認定」と「教育的指導」には次のような語句に変更するように。

・「篠原人定反日」
・「篠原独断の教育的指導」




 また、篠原の後出し理論についてはここに掲載しております。原文を参照できるように、URLも掲載しておりますので、篠原が削除する前に御確認下さい。

篠原静流がたたんだ、旧反日ブログ監視所の一ページより

「ポストコロニアリズム」
http://shizurus.blog63.fc2.com/blog-entry-58.html#more

>ポストコロニアリズム( POST COLONIALIZM)とは、その名が示すような単なる植民地主義の後という意味ではなく、嘗ての「宗主国」と「植民地にされた国」を逆転させて、その状態を半永久的に固定するという強烈な差別主義を基盤にする新たな植民地主義のことである。日本国内で、この悪魔の思想を流布するための先導役ともいうべき人物が姜尚中と本橋哲也であり、今回は2005年01月刊行された本橋哲也の『ポストコロニアリズム』から、その思想の悪魔性を炙り出してみたい。なお、本橋哲也はヨーク大学にてカルチュラル・スタディーズを専攻し、同校英文科博士課程を修了した後、現在は東京都立大学助教授の職についている。

(以下、引用部は青文字で表示)




●ポストコロニアリズムとは?
まずはじめに本橋のいうポスコロの定義を確認しなければならないだろう。


>それは字義どおりには、「植民地主義以降」と解することができるかもしれない。
しかし<

>ポストコロニアリズムの「ポスト」とは単に時間的な「後」を示す言葉ではない。植民地主義による支配の構図を反省し、反転し、反抗するという意図がそこにはある。<

>「ポスト」というひっくり返しの姿勢は、そうやって排除されてきた他者が、逆に中心を侵す過程<

>「あなたたちは以前、呼ばれもしないのに私たちの国にやってきた、だから今度は、私たちの方がここにいるのだ」。こうしたいわば反転と逆襲の論理がポストという接頭語には含意されているのである。<



本橋の言うポスコロとは、植民地主義を反省して二度と繰り返さないということではなく、宗主国と植民地を反転させ、嘗ての植民地が嘗ての宗主国に反抗し、逆襲し、中心を侵すことである。

●いつまで続くのか?

>ポストコロニアリズムとはコロニアリズムの終わることなき再検証である。<



ここに見るように、一旦反転させた後は終わることのない逆襲が続くというのである。

●では「再検証」とは具体的には何をするのか?
終わることなき再検証がポスコロであるとした上で、その再検証のいくつかの例のひとつとして力説しているのが「従軍慰安婦」問題の掘り起こしである。

>彼女たちの声こそがポストコロニアリズムにとって貴重な記憶であり、植民地主義を再検証するための歴史的証言なのである。<



ここでは『「沈黙」から「裁きの場」へ』という小見出しのもと、本橋が展開している「女性国際戦犯法廷」に関する記述を確認する。この「法廷」というのは単なる法廷ごっこである。本橋自身が認めているように「判決には法的拘束力がない」と断りつつ、「被害者」である元慰安婦の供述に幾つもの矛盾点があるとしながらも、

>証言を聞きとるとは、証言者の記憶の矛盾や余人には計り知れない体験の複雑さをそのままに受け入れる行為<



であり、

>そうした女性たちに、「正確な」証言や回想を期待すること自体が暴力ではないだろうか?<


と、正確な証言を求めることを「暴力」という台詞で突っぱね、「被害者」が言うことはすべて疑ってはならないという無茶苦茶な原理を掲げることが再検証であるとして、

>「従軍慰安婦」の女性たちの声は、他者と自己との新たな出会いをめざす私たちのポストコロニアリズムにとって、希なる望みの場となっている<


 
と、高らかに謳い上げている。また、その法的拘束力のない判決を、

>昭和天皇や日本軍高官に有罪判決が下され、日本政府にも正式な謝罪と被害者賠償の勧告がなされた。<



と誇っていることからも明らかなように、再検証し、「被害者女性」に謝罪するだけではなく、その先に金銭を絡めているのである。では実際に金銭が支払われるとすれば、いったいどこから支出するのか?結局は日本国民の税金なのである。しかも戦後生まれの日本人が働いて納めた税金である。

●再検証の先には何が待っているのか?
本橋は日本人には植民地支配と脱植民地化に対して責任があるとし、その責任を説明責任と応答責任に分類したうえで、次のように主張する。

>日本人である私たちの植民地に関する責任も・・・・・過去の植民地支配の事実に直面して・・・・・自己と他者に対する説明の義務であり、被害に対して補償を行う義務へとつながる。そして、植民地支配や戦争の被害者を含む他者が、そのような過去の事実に関して問いを投げかけてきたときに、可能な限り応答する義務もそこから生じる。

このような過去と現在をつなぐ責任のありようには、時効がないのではないか。他者からの訴えと要求があるかぎり、私たちは彼ら彼女らに説明し応答し続けなくてはならない。


被害者と称するものの訴えと要求がある限り、その訴えの正当性を検証してはならず、(それをすると「暴力」になるから)そのままに聞き入れ、応答し、補償しなけらばならないということである。しかも時効はない。これがポストコロニアリズムである。ではこれを永久に繰り返すのかと言うと、そうではないのである。

●共産主義革命との同根

>20世紀前半における日本の植民地支配を推進した国家を継承する形で天皇制が残存し、アジアの被害者からの多くの戦後補償裁判が現在でも継承している。未解決の戦争責任をめぐる問題に向き合うよう日本政府に対して実効力を行使できるのは、選挙権を持つ私たち日本国民だけである。とすれば、アジア太平洋戦争や植民地支配に直接関与しなかった私たち自身にも、間違いなく戦後責任があるはずた。<



日本人として、日本国籍を有するものとして戦後責任という原罪があるということである。日本人に生まれてきたが最後、先祖の悪霊に祟られ続けるのだと言わんばかりである。

では、その原罪から逃れるにはどうすればよいのか、その方法があるのらしい。続きを見てみよう。

>もう少し身近なところから、この責任のありようを想像してみてもいいだろう。私たちが毎日消費している食物や商品はどこで誰によって作られ、どのように私たちの手元に届けられているのだろうか。バナナやエビや100円ショップの腕時計を生産している中国やフィリピン、タイやマレーシアの人々はどのよな労働環境や政治環境のなかで、どれくらいの賃金をもらってそれらの物を生産しているのだろうか。そこに経済力によって新たな進出を行ってきた日本企業による、いわば「第二の侵略」の影響や爪痕はないか?植民地支配の形を変えた継続はないと言えるのだろうか。<



これは嘗ての「進歩的文化人」の代表のひとりで東大名誉教授にまで登りつめた坂本義和の主張の引き写しである。東西冷戦時代には、こうした剥き出しの市場経済否定、自由貿易否定の言説がまかり通ったのだが、冷戦後は、この剥き出しの反国際貿易をポストコロニアリズムにおける日本人の原罪の根拠にしているのである。

本橋は、日本という国家が存在するが故に日本人に選挙民としての戦後責任が有るとする。国家が存在するが故に先祖の被害を同国人として受け継ぐことが出来るとする。それに加えて、国際貿易は植民地政策の爪痕であり、現在の日本人も植民地主義者であるとする。したがってこのポスコロの有効期限は国家が存在しなくなるまでということなのである。そしてこれこそが共産主義者、本橋らの狙いなのである。

本橋の言うようなポスコロが日本人に浸透すれば、常に「謝罪と補償をし続ける日本」を受け入れることになる。そんな国家に誰が誇りを持つと言うのか。本橋ら共産主義者は、日本人が日本に誇りを持てなくすることが国家消滅の必須条件としているから、ポスコロがストレートに反映されれば、やがて日本は瓦解するであろう。

一方、裏の仕掛けをも見破らねばならない。それは、被害者に同情しつつも金銭的な際限のない補償までは出来ないと考える日本人の中にも、こんな状態は国家という枠組みがあるからだという意見をみれば飛びつきたくなるのである。国家があるから国民の権利と義務が生じ、戦後責任が生じる。国家があるから被害者と同国人であるものが被害者申告を無条件でできる。ならば国家さえなければ日本人の原罪からも開放されるのではないか、と、このように誘導される恐れもある。

それ故に反日ブログ監視所はポスコロという悪魔の思想に対峙した際には徹底的に非難するのである。<


 同一人物による自己弁護についても掲載。

「るいネット山澤氏への抗議文 」
http://shizurus.blog63.fc2.com/blog-entry-46.html#more

>「るいネット」へ投稿され、同サイトで掲載された記事に私のblog「反日ブログ監視所」への根拠ない中傷を見かけたので、ここに反論記事を起こし、同記事へTBする。

篠原への挑戦といえる山澤の投稿記事
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=118511

( 以下、引用部は青文字で表記 )

>現在のネットの最大の問題はつきつめると、まじめにモノを考えている人ほど忙しく時間がない。ということにつきるのではないだろうか?ヒマな人間ほどぶら下がり人間であり、まさにこのヒマなぶら下がりが巣食うことによってネットは闇空間から脱却できず、ついにはネットウヨクまで生み出してしまった。<

仮に山澤貴志氏が言うように「ヒマな人間ほどぶら下がり人間であり、まさにこのヒマなぶら下がりが巣食うことによってネットは闇空間から脱却できずネットウヨクまで生み出し」たのなら、ネットサヨクはどこから生まれ出たというのか。

この文章を読む限り、山澤貴志氏は「ネットウヨク」というものに対して嫌悪感を持っているのは理解できるが、ネットサヨクに言及することを憚っているのは自分自身が「ネットサヨク」であることを認めていると解釈せざるをえない。

あるいは「ネットサヨク」は無害で「ネットウヨク」は有害だとでも強弁するつもりだろうか。もしかして、「ネットウヨクは存在するがネットサヨクは存在しない」とでも言うつもりか。実に不可思議千万な御仁である。

山澤貴志氏には今から「ネットの闇空間から脱却できずにいる如何にもヒマなぶらさがりネットサヨク」のblogを紹介しよう。「いやはやなんともこのパワーをもっと建設的な努力に費やしてもらいたいものだ」とでも、言ってくれるのだろうな。それとも同胞のネットサヨクのヒマな仕事っぷりには知らぬ存ぜぬを決め込むつもりか。

http://soba.txt-nifty.com/zatudan/

>このヒマが生み出すエネルギーはすごいもので、今やネットウヨクは反共謀罪を掲げたり反中嫌韓を批判するブロクをウォッチするのは当たり前。更にはウヨクをも畏れぬ勢いを持ちつつある。<

上で紹介したblogは典型的なネットサヨクのblogだ。山澤貴志の言い様を借用すれば、「このヒマが生み出すエネルギーはすごいもので、今やネットサヨクは狂ったようにバナーを貼り付け、自らが将来起こし得る暴力的政治活動を円滑化したいために共謀罪反対を掲げたり、単に自分の冷笑主義とニヒリズムを満足させるために反米嫌日を標榜するblogを「良識的」とよいしょするのは当たり前。更にはサヨクをも畏れぬ勢いを持ちつつある。」と言えるではないか。山澤貴志氏がそう言わないのは自分自身がネットサヨクだからだろう。

つぎに山澤貴志氏は、あるblogを「良識的」なblogと持ち上げ、そのblogの記事を引用し私(篠原静流)を「反中嫌韓童貞クン」の「ネットウヨク」だとずいぶんと誹謗してくれている。まず山澤が引用した部分を見てみよう。

>以下、良識的「反米嫌日派」死ぬのはやつらださんのブログより
********************************
反中嫌韓童貞クンが監視ですと
アクセス解析で判明したのだが……
毎日、監視してるそうですよ。日夜、日本の防共のためにゴクロウサン。
■■反日ブログ監視所■■ 反日、売国、非国民を監視するブログ
反日blog監視アンテナ
みなさんのブログは登録されていましたか? 中共からは反中と言われている俺だがね。
********************************
右翼団体「正気塾」の掲示板がワヤです
「正気塾」と言えば、もともと、あの長崎市長狙撃事件を起こした右翼団体。
そこが、インターネットの嘘情報を鵜呑みにして、爆笑問題の太田に抗議文を渡していたことが公安警察情報によって垂れ流された。
それを知ったネトウヨが、「正気塾」の掲示板を荒らす事態へと発展。<

いきなり他人を「童貞クン」と呼ぶ「死ぬのはやつらだ」という下品なハンドルネームの人物が山澤貴志氏の言うような良心的人物と言えるのかどうかはともかく、このblogerは都合3回にわたって私を根拠なく誹謗・中傷する記事を書いていたので、流石に私も反論せざるをえなかった。私の反論記事のアドレスを添付する。この死ぬのはやつらだ氏と私・篠原静流の言い分のどちらに正当性があるかを読者諸氏の判断に委ねたい。ぜひ両者の記事をコメント欄も含めて精査し比較していただきたい。

「るいネット」愛好者の方々が、これでも山澤貴志氏を支持するというなら、もはや贔屓の引き倒しではないか。私の分が悪いというなら、どの記事のどの部分が何故悪いのかを指摘していただきたいと思う。繰り返すが、「死ぬのはやつらだ」氏が3度に渡って私を中傷し、私の反論は3度目の中傷後に出したものである。これが篠原による反論記事のアドレスだ。

http://shizurus.blog63.fc2.com/blog-entry-42.html

次に「正気塾」のbbsへの集中レスに関しての私見を述べる。そこで正気塾の失策を執拗に追及している者達を「ネトウヨ」と決めつめているが、その証拠は無いのである。このような根拠のない決め付けをする「死ぬのはやつらだ」氏と、それを鵜呑みにする山澤貴志氏に疑問を呈したい。

なにゆえ「ネトウヨ」がウヨクへ攻撃する必要があるのか。素直に考えれば、彼らは「ネットサヨク」である。それを敢えて「ネットウヨク」の行為であると主張するからには、その根拠を示す義務がある。

しかし死ぬのはやつらだ氏は、その根拠を示してはいない。ネットサヨクの山澤貴志氏は、正気塾の一件がネットサヨクの仕業ではなく右翼の仲間割れだとの世迷言にこれ幸いと飛びついただけではないのか。

また「死ぬのはやつらだ」氏の記事を引用し、篠原静流を「ネットウヨク」と断言したが、それが真実に立脚しているかどうかを検証する。「アマガエル」がカエルの一種で「時代劇」が「劇」の一形態であるように、しきりに山澤貴志氏が用いる「ネットウヨク」なる定義も右翼の一種であろう。ご本人が定義しないのだから、ここはネット+ウヨク=ネットウヨクと普通に考える。

ここにある有名なテストがある。名前をWorld's Smallest Political Quiz という。10個の質問に答えることで受験者の政治的立ち位置が客観的に理解できるというものだ。これで自己診断してみた。診断結果を添付するので、第三者の目で確認していただきたい。




どうやらぎりぎり中道派、あと一歩で左翼らしいが、私はこの結果には驚かない。World's Smallest Political Quiz に関しては、上田真司氏のblogの記事を参照いただきたい。
[ Dogma_and_prejudice ]>「政治的立ち位置」について考察する
http://blog.goo.ne.jp/sinji_ss/e/c0b6787ad061c51332a0fc088956b461

なお、私のblogにて「毒電波」氏はコメント欄で正直に私をこう評してくれた。

>で、こんなことを書くのもナニですが自分から見るとブログ主さんは少々左向きに見えるのですが彼等からは右に見えるのですね。なんだかな〜。<

自他共に認める右翼である「三輪耀山 」氏は御自分のblog「三輪のレッドアラート」コメント欄で篠原静流を、こう評価した。

>敵と同レベルの連中の風変わりな内ゲバでしかない可能性の方が高いです<

右翼から見れば私も敵(左翼)と同じに見えるらしい。

これでも山澤貴志氏は篠原静流をウヨクと言い張るのなら、是非とも根拠を提示いただきたい。それがなければ山澤貴志氏は無根拠のレッテル貼りをすることで自分にとって都合の悪い相手を不当に貶めようとする姦計の輩に過ぎない。

>いやはや畏れを知らぬヒマなネットウヨ。<

「畏れを知らぬヒマ」なのはネットサヨク山澤氏のほうだろう。

>るいネットはウヨクであれ左翼であれとにかく事実の追求この一点において開かれた言論空間である。<

山澤貴志氏が良心的とヨイショした「死ぬのはやつらだ」のblog「反米嫌日戦線」が、実は記事のコメント欄をオープンにしていても実質的に死ぬのは奴らだ氏が論理的に反駁できないコメントを密かに削除していたことは私・篠原静流の反論記事で十分に伝えた。事実死ぬのはやつらだ氏自身が私の記事のコメント欄でこう述べた。

>気に入らないコメント削除。何が悪いの?
ちなみに俺は反米嫌日。
へたれで結構。
| 2006-06-16 (Fri) 21:04:48 | 死ぬのはやつらだ<

るいネットへの私の反論に対しては、このような対応のないことを祈る。ちなみに[ 2006-06-17 (Sat) 01:55:00 ]で「反中嫌韓を主張する人達」と述べているが、私が「反中嫌韓」だというのも根拠無い中傷である。

ところで、「左翼」は「左翼」で「右翼」は「ウヨク」と書くのはネットサヨクのご愛嬌か。こういう細かいところで尻尾を出すから面白い。

>しかし単なる誹謗中傷とイデオロギー的断罪しかできないネットウヨはこれはカットするしかないだろう。<

これまで「単なる誹謗中傷とイデオロギー的断罪しか」できなかったのは山澤貴志氏のほうだということは十分に立証したつもりである。

>しかしこうしたネットウヨ自体、ネットの共認形成力を見逃せなくなった政権側が有料でフリーのライターなどを雇い、煽った結果の現象ではないか?という疑問が2チャンネルの中からも生まれつつある。(彼らはプロの固定ハンドル投稿者,略してプロ固定と呼ばれ、左翼からはプロ奴隷とも呼ばれている)<

まるでネットのゴロツキ極左主義者の言い分そのままではないか。

その山澤貴志氏が御開帳する「ネットウヨ自体」の存在の根拠として提示したのが、これだ。

自民党「2ch対策班」疑惑
自民党「2ch対策班」疑惑 2
自民党「2ch対策班」疑惑 3
セコウ】自民党「2ch対策班」4【してますか?
まだセコウ】自民党「2ch対策班」5【してますか?
まだセコウ】自民党「2ch対策班」5【してますか?(part6)
まだセコウ】自民党「2ch対策班」7【してますか?
まだセコウ】自民党「2ch対策班」8【してますか?

2chで建設的、紳士的議論が行われにくく、すぐに「サヨ」「ウヨ」と罵り合いが 起こるのは、自民党、または官邸筋が「2ch対策班」を作り、政府に批判的な 意見に対してはそれを口汚く罵り、「荒らし」をするための要員を金で 雇っているからです。
日々2chを使っている皆さんには、そう言えば、そんな気もするという方も多いのではないでしょうか。

いったい山澤貴志氏は、こんなスレッドにリンクを貼って何を証明したいのだろうか。ヒマなぶら下がり人間=山澤が日々2chを使っている際に、「そう言えば荒らしをするための要員を自民党が金で 雇っているような気がする」のなら、それを自分で証明してみればどうか。

しかも紹介した記事を見る限り、何かといえばすぐに「サヨ」「ウヨ」という山澤氏自身が、「荒らし」をするために金で 雇われた要員であるという根拠を示してもろに自爆しているではないか。


「るいネットは、30年の実績を持つ起業家集団・類グループが管理・運営しています」とサイトに明言している割には、ここまで非論理的且つ酷い中傷記事をよくも掲載できるものだと思い、詳細を調べるべく他ページを見てみることにした。

【掲載基準と投稿の心得】
http://www.rui.jp/ruinet.php3?index=10&cid=30&bid=0&tid=0&rankt=0&mhide=0
>各会議室は、掲示板の質を高めるために、一定の水準を満たす投稿のみ掲載します。その審査は、皆が安心して参加できる場を作ってゆくために不可欠の労であり・・・
イ.日本語になっていない、あるいは論理が整合していない投稿。
ロ.誹謗中傷、あるいは批判のための批判など、共通点を深めるのではなく徒に対立を煽る投稿。

この基準を正しく適用すれば、山澤貴志氏の投稿は100%没だろう。どこでどう間違って、このような投稿が掲載されたのか知りたいものだ。

>掲載・佳作・秀作の審査は、過去3年間の秀作投稿ポイントランキング上位5名及び、過去においてランキング一位の実績を持つ方が担当します。
但し、毎日の審査作業は大変な労力を要する作業であり、それを無給でお願いする訳ですから、誰かが無理なら次位の方が担当します。(注:どうしても審査担当者が時間を取れない場合は事務局が代行する場合があります。)
現在は、岡田淳三郎、西知子、北村浩司、土山惣一郎、冨田彰男、田中素、山澤貴志の7氏が、担当しています。<

なるほど、それで総てが理解できた。身内の投稿なら、「日本語になっていない、あるいは論理が整合していない投稿。」でも「誹謗中傷、あるいは批判のための批判など、共通点を深めるのではなく徒に対立を煽る投稿。」でもフリーパスというわけだ。

いやはや、おそれをしらぬ全体主義者の集団だ。

**********

この記事を [ http://www.rui.jp/tb/tb.php/msg_118511 ] にTB する。

るいネットからの返答を待つ。直接この記事のコメント欄を利用していただいてもよいし、そちらサイトで反駁されたのなら、私のblogへその旨ご報告いただきたい。

以上
posted by つれづれなるまま・・・・に? at 12:42| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 どうも、ここにコメントするのは久々です。
 もうご存知かもしれませんが、以下「反日ブログ監視所移転について」の記事及びコメント欄をご覧ください。

http://d.hatena.ne.jp/myhoney0079/20061003/p8#c

「これは一体、どういうことだろうか?」と、驚いております。
 正直、「まさか、新手の釣りかハッタリかじゃあないだろな?」という気もしないでもないですが、それでもびっくりです。
 いやはや、「反日ブログ監視所をヲチしてやる」と宣言した私としたことが、このようなニュースを、昨晩まで見落としたままでしたよ。というか、「反日ブログ監視所」に気をとられ過ぎてノーマークでした……。
 管理人が「意図が見えません」とか冷たく切り捨てているのに対し、篠原が説明。しかし(今のところ)レスがない。
本当に、どういうことでしょうねえ……。

 また、孤高は以下のような記事も書いていました。

*議論は勝ち負けじゃない
http://d.hatena.ne.jp/myhoney0079/20061003/p7
Posted by komichi at 2006年10月21日 07:38
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