2007年12月28日

休止宣言から11回目

 世の中を悪くする連中に左翼というのがいる。
 左翼をもっと簡単に言うと「反体制」とでもなるのだろうか。
 事実連中のいってることややってることは、どんな理由がつこうとも「現状の否定」「現状の破壊」「悪い方向への突撃」にしかならない。
 だからこそ俺はそういう考え方に反対する。


 そんな左翼の求めるものは、どうも二種類あるように思える。


 一つは「政権奪取」
 自分が支配者になって欲望の限りを尽くそう、というもの。
 だからこそ今現在の政権が邪魔になる。
 邪魔だから、とるにたらないつまらないことに噛付いて、相手の足を引っ張ろうとする。
 こういう連中が政権を握ると、不思議なことに今までの政権よりも独裁的・命令的・統制的になっていく。
 いい例がフランス革命であり、ロシア革命であり、共産中国である毛沢東であり、金日成・金正日による北朝鮮であったりする。
 どこもかしこも「圧政からの自由を!」といって始まり、それまで以上の圧政を敷いている。
 いわゆる左翼、と言って簡単に思い浮かべるのはこっちではないだろうか。


 二つ目は「無政府状態」
 政府や政治、集団や組織といったものが人の自由をなくしていく。
 規制や法律、習慣や慣習が人の抑圧の原因である、と考えている連中である。
 一見正しそうに見えるが、こいつらの言ってる「束縛」というものには、人として守らなければならない最低限の礼儀や行儀というのも含まれているから注意が必要。
 つまり、
「殺すな」
「盗むな」
「壊すな」
「傷つけるな」
「悪口を言うな」
「これまであげた悪いことをするやつらを許すな」

というのを排除するのが目的である。
 これらのない状態がどんなにひどいものかは、インターネットにおける荒し問題を見ればわかるだろう。
 「野放し」を「自由」と言い換えて暴言を吐き続ける行為が「荒し」である。
 そういった荒し行為をなくしていくための行動を否定する。それでどうしてインターネットにおいて荒しをなくすことができるのか?
 インターネットでなくてもこれは同じで、先にあげた
「殺すな」
「盗むな」
「壊すな」
「傷つけるな」
「悪口を言うな」
「これまであげた悪いことをするやつらを許すな」

というのを守っていかないでどうやって世の中の平安を保っていくのか?
 悪さをするやつを排除することで平和を出現させ、これを続けることで平和を維持する。
 そのために警察や軍隊が存在し、それらが動く基準として法律が存在する。
 また、法律をつくるにあたり、基準となるのがこれまでの習慣などになる。伝統と言ってもよい。
 そして伝統といわれるものにはさまざまな試行錯誤が詰め込まれている。今ではなんでそんな事を守るのかわからないけども、それにはちゃんと意味がある、というのが伝統に含まれてるさまざまな要素である。あるいは習慣というのはそういったものである。
 だからこそ、一見理不尽なように見えても守らねばならないのが伝統である。
 こういった伝統、あるいは習慣、あるいはそれらに基づいて出来上がった社会秩序を維持するための法律。それらを破壊して人間の悪い部分を解き放とうというのが、左翼のもう一つの顔である。




 このどちらも最悪であることにかわりはない。
「選ぶならどっち?」という究極の選択の対象にもならない。
「どっちも選ばない」という回答以外に幸せになる道はない。




 一つ目の左翼の形は世界各国で出現した。
 ソ連、中国、北朝鮮を代表例として、その他にもいろいろあった。
 残念ながら戦争中の総動員体制の日本も、こういった体制といえる。
 不思議なもので、今現在の左翼といわれる人々は、ソ連や中国や北朝鮮の体制を賛美しながらも、日本の戦時体制は否定する。なぜなのか俺にはさっぱりわからない。




 そして二つ目の左翼は、今現在日本で猛威を振るっている。
 規制しなければならないものを開放し、開放しなければならないものを規制しようとしている。
 俺にはそのように見える。
 規制しようとしているものについては、タクシーの運賃値上げや農家への保障、福祉政策に在日朝鮮人といえる。
 保護という名の規制により、一部の人間に保障を与えてそのほか大勢の人間に負担を強いる。負担が税金であらわれるのは言うまでもないだろう。
 本来人間とは「自分で食べる分は自分でかせぐ」のが基本だ。
 ところがそんな基本を無視して、偽善としかいえない善意でかれらに施しを与える。
 施しを受けるのは、基本的に乞食である。
 そして乞食とは、「楽して(働かない)で儲けよう」という連中である。こんなのに与えるもんなんて、侮蔑以外に存在しない。
 むしろ「さっさと死ね」といいたい。



 そして規制しなければならないものとして、犯罪行為がある。
 断っておくが、犯罪とは「法律に引っかかるもの」ではない。
「人としてやってはいけないこと」である。
「人としてやってはいけないことを明文化したのが法律」でなくてはならない。
 実際に法律は人が作るものだから穴もある。それは気づいたときにどんどん直していくしかない。
 また、穴があるからもれることもある。間違いもある。
 だから法律が正しい、とは絶対に言わない。
 しかし法律がどうであれ人として守らねばならないことを投げ捨ててる連中が法律家に多いのは見過ごせない。
 その最たる連中が光市母子殺人事件の弁護士である。
 他にも法律を婉曲して自分の都合のいいように遣ってる連中は数多いだろう。そういった連中を知らないのは、俺のミスでもある。できればこの場においてでも少しは告発したいものだ。
 が、それは今のところ無理なので、知ってる範囲でものを言っていきたい。



 光市母子殺人事件の21人の弁護団がどんな連中なのかはネットで検索すればおおよそ分かるだろうから説明は省く。
 こいつらが様々な理由をつけて、
「何の罪もない」
「一人の女性を強姦し」
「その女性を殺し」
「その場にいた女性の子供をも殺した」
のは偽りのない事実である。
 こんなことをする人間をどうして無罪にできるだろうか?
 また、こんな人間の罪をどうして軽くすることができるのだろうか?
 こんな危険なことをするやつを排除してきたからこそ、人類は現在まで生き残ってきたはずだ。でなければとっくに人類同士での殺し合いを際限なく行っているはずである。
 こんな危険なことをする連中を追放したり殺してきたから、そのほかのまともな人間が安全に生き残ってきたはずである。
 人間の中には、時に危険なヤツが発生する。
 衝動的に暴力を振るう、人を傷つけるのを楽しむ。そういった連中が、どういうわけだから確かにこの世には存在する。
 それを説明した本にこのようなものがある↓


「良心をもたない人たち―25人に1人という恐怖

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 この本によると、世の中には人の痛みが理解できない人が確かに存在する。
 本文の中にも書かれているが、そういった人たちは誰かが傷つくところを見てもそれへの同情をおぼえない、理解できないのだそうだ。
 これは、脳の中の「他人への同情」「他人への共感」を覚える部分が働かないからだという。
 普通の人であれば他人が傷つくのを見て脳内のその部分に血液が集まるそうだが、他人の痛みが理解できない人はまったくそこが機能しないという。
 そんな人間、他人への同情をまったく抱かない人間とあなたは付き合いたいだろうか?
 こういう人間は自分の楽しみのために平気で人を傷つける。
 身近な実例としては、ネット内にいる荒し連中を見れば分かるだろう。
 俺はこういった人間との付き合いは願い下げである。




 人類の歴史、あるいは文明の発展は、こういう危険な人間を排除することで成り立ってきた、と思う。
 でなければ他人との協調は存在しない。
 強調のない人間がどうやって多くの作業をこなしていけるのだろうか。
 文明は一人で作り上げられたものではない。
 発案者は一人であったかもしれないが、それに賛同する多くの人間がいたから、今のような巨大で複雑な文明を作り上げてきたのではないだろうか。
 光市母子殺人事件の弁護団を見ていると、そういった文明のあり方に逆行しているようにしか見えない。
 この事件の犯人を即座に殺害してこの世から排除すると同時に、このような人間を擁護するような様々な人間もこの世から消えてもらいたい。
 でなければ世の中には目的達成のために殺人すら容易に行うような人間があちこちに野放しにされるだろう。
 2ちゃんねる問題に代表される荒し問題の現実版だ。
 どんな言い訳をしようとも、無法・野放しの助長でしかない殺人犯への同情・無罪放免の獲得に俺は断固として反対する。



 ただし、少しだけ条件をつけよう。
 長期にわたる(いや、短期であってもだが)虐待や罵倒・愚弄、そして理由なく行われる様々な傷害(殺人も当然含む)への反撃は当然である。
 また、そのために「加害者を殺す」のも手段の一つとして当然認められると考える。
 これはすでに述べた「これまであげた悪いことをするやつらを許すな」の中に含まれている、と考えてもらいたい。
 こんな事をあえて書くのは、揚げ足を取る馬鹿がでるからである。
 面倒なことこの上ない。




 長々となってしまったが、最後に一言。



 左翼の大勢は良心的な人のようだ。
 だからこそ夢のようなことを語る左翼の思想に共鳴するのだろう。
 だが、それは偽善である。
 あるいは小善である。
 それは決してよい結果を招かない。
 歴史がそれを証明してくれている。
 俺の好きな言葉を最後に書いてこのエントリーは終わりにしたい。


小善は大悪に似たり

大善は非情に似たり
posted by つれづれなるまま・・・・に? at 17:02| Comment(0) | TrackBack(5) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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